Making TASSANIC WORKS

ある「楽器吹き」の物語

YEP-321S放浪記 高校編 機櫚

とりあえず無事に入部した私。
与えられた楽器は、YEP-201 であった。
この楽器は、ヤマハのユーフォニアムの中で最も安いが、初心者にとって扱いやすい楽器である。
特徴は、細管で3本ピストンを備えている事。ちなみに、母校に当時あった中では、最もピストンがスムーズに動く楽器であった(笑)

トロンボーンのスライドポジションをピストンに置き換えるのに慣れてきた頃。定期演奏会の楽譜が配布された。
最初に思った事は…多い、多すぎる(笑)

定期演奏会は3部構成。
第1部は吹奏楽オリジナル中心。
第2部は音楽劇風ステージ(だったかな?)。
第3部はポップスステージであった。

私は中学時代にも吹奏楽部に所属していたが、規模が小さかったため、このような形での演奏会を経験した事がなかった。だから、なおさら多く感じられたのだ。

曲を練習していく。
―何だこの16分音符は!?
―ハイB♭なんて出せるか!!
(…私にも、こんな時代があったのだ(笑))

そしてついに、本番を迎える事になる―。

続く

YEP-321S放浪記 高校編 機櫚

高校の吹奏楽部を見学しに行った私。
そこで、ある先輩からこう話し掛けられた―。

「ユーフォニアムを吹いてみないか?」
「はい。」

―って、トロンボーンはどこへ行った!?
何を思ったか、私は、二つ返事でユーフォニアムを担当する事を決めてしまったのである。
普通に考えると、無謀な選択だと思うのだが…。

3日後、同時に入部した奴がトロンボーンを堂々と吹いていた(笑)
周りには「君は騙されたんだよ」という意見もあったが…私にとっては既にどうでもいい事となっていた。

実は、私を誘った先輩が、テューバからの助っ人である事が判明。高音域はほとんど吹けないとのこと。
結果として、私は入部した時点でパートのトッププレーヤーとなってしまったのである。

何はともあれ、ユーフォニアム人生をスタートさせる事となった私。
2ヶ月後の初舞台まで、練習を重ねていく―。

続く

YEP-321S放浪記 高校編 機櫚

昨日予告した通り、私の高校時代について語ってみる。

「桜舞う城下町」でトップを誇る進学校に入学した私。そんな訳で、私は当初部活に入るつもりは無かった。

入学から数日経った放課後。中学校時代からの友人が、私に話しかけてきた。
「今から吹奏楽部の見学に行くのだが、Tassanic も行かない?」
「入部するかは微妙だが、行って見るか…。」

吹奏楽部の練習場所は4階。階段を登って行くと…懐かしいサウンドが聞こえてきた。
―やはり、血が騒ぐな。
案の定、その段階で入部する気になってしまった私(笑)
友人はパーカッションの所に。私は…トロンボーンはどこだ?

実は私、中学校時代はトロンボーンを吹いていたのだ。入部する場合は、もちろんトロンボーン志望のつもりであった。

先輩発見。しかし、私を待っていたのは、厳しい現実だった。
「今、余っている楽器が無いんだよね。」
―何〜っ!?
つまり、入部してもしばらくは楽器が吹けないという事になる。
困惑する私に、ある先輩が話しかけてきた。

「ユーフォニアムをやってみないか?」

―これが、私にとっての運命的な出会いとなる―。

続く

新企画!

ようやく動き出した『YEP-842S放浪記』。ところが、職場にて突如出張命令が。…PCが無ければ記事投稿できないぜ、という事で中断する予定であった。

だが、あるファンの方から「記事を楽しみにしている」という話があったので、色々考えてみた。

そういえば、携帯からでも投稿できるのだなと。
ただし、いつもの放浪記の分量を携帯キーで打ち込むのは至難の技。ショートストーリー的な何かがあればいいのだが…。

ならば、私の高校時代の事でも書いてみようかと思い立ち、新企画を立ち上げようと思った次第である。

タイトル
『YEP-321S放浪記 高校編』

携帯からの投稿となるため、サラッと書いた仕上がりになると思う。
しかし、私がユーフォニアムに出会ったのは高校の部活であり、ある意味では楽器人生の原点とも言える時期の話でもある。

とりあえず、色々書いてみようと思う。
よろしく。

YEP-842S放浪記 (01)

YEP-842S を購入することになった私。
新しい楽器人生の幕開けである―。

今回購入する楽器は、ウチの指揮者と親交のあるプロ奏者の方に頼んで選定してもらい、直接指揮者の元に送ってもらえるとの事。
話によると、販売店を通さないため、1週間で手元に届くらしい。
―1週間!?私は耳を疑った。
私がかつて YEP-321S を購入した時は、8ヶ月待つことになったのだ。
しかも楽器のランクが低いため、プロ奏者による選定は受けられないとの事。
楽器屋の計らいにより、2台のうちから1台選ぶということはできたが。現在では、買うとしても YEP-621S(太管モデル)以上が主流で、321S はなかなか出ないとの事であった。そのため、長くかかってしまったというのもある。

後に聞いたところによると、この個体を選定した日ははたまたま 842S がいつもよりも多く生産されており、6本の中から1本選んだとのことであった。
―愛されてやがる、天に―。

予定通り、楽器は1週間で指揮者の元に到着し、私のところには…徒歩で直接持ってきた(笑)
指揮者の自宅は、私の住処から徒歩で約3分である。
何はともあれ、無事に楽器を受け取ることとなった。ケースを持ってみる…重い。
YEP-842S と 321S の違いの一つは、「コンペンセイティング・システム」の有無である。
コンペンセイティング・システムとは、低音域の音程を補正するものである。そのための補正管が楽器に搭載されるため、全体の重量が増えるのである。

ケースを開けてみる―正直、目を奪われた―。
321S と並べて置いてみる。見比べていたら…30分が過ぎていた(笑)
見ていて気が付いたが、どうやら「BUZZ ボトムキャップ」と同じ機能が搭載されているようである。
さて、肝心の音の方はどうか。だが、私の住処は勤め先の寮なので、今思いっきり吹いてみるわけにはいかない…次の合奏までお預けである。

ちなみに代金の方は、頭金+分割12回払い(月額3万円!)を認めてもらったため、即座に生活に困窮するという事態は避けられた。まあ、結果として定期預金を使い果たす羽目にはなったが…(笑)

YEP-842S を無事に手にした私。
次回は、いよいよ 842S 片手に合奏に乗り込む―。

YEP-842S放浪記 序章

私は、重大な決断を下そうとしていた。
それは、YEP-842S を手にすること―。

その楽器の情報は、楽団ホームページの団員専用掲示板で発表された。
内容は、ウチの指揮者と親交のあるプロ奏者が、新品の YEP-842S を1台選定する機会があるので、誰か購入しませんか、というもの。
しかも、破格であった。詳しくは述べないが、私がすでに所有している YEP-321S の購入金額と合計しても、新品価格を下回る程だ。
だが、それでも結局は50万円以上のお金を動かすことになり、私がもし購入した場合、貯蓄が全く無くなってしまう。…無計画な若者の仲間入りである(笑)
そのため、かつてのウィルソンの時と同様に、購入を見送る旨を指揮者には伝えた。

一週間後、アンサンブルコンテストの団内予選。私のチームは果敢に挑むも、予選突破はならなかった。
終了後、審査してくれた方と話す機会があり、私の演奏についても評価してしていただいた。しかし…、
「技術は上なのだが…、音色がウィルソンに負けている。」
また、指揮者はこう言った。
「楽器を変えるだけで簡単に音色を良くする事ができるなら、それも1つの方法だ。また、君はそうするべきプレイヤーだと思う。」

この2つの台詞は、次の日も、私の頭から離れることは無かった。
音色に関しては、楽器の限界もあるかもしれないが、私の鍛錬が足りないという事も大きいと思われた。
私自身は、321S を極めてから次の楽器に移るべきだと考えている―。
しかし、新しい楽器を買った方がいいと言ってくれる人も少なからずいる―。
一日中考えとおして、私は結論を得る事となる。

842S でできる事を、321S でもやって見せる。そのために、842S を勉強してみるのは悪くない―。

だが、購入のためには定期預金を使い果たす必要があった。普通に考えれば、頭がおかしいと言われても仕方が無い(笑)
自分が正気かどうか確認するため、我が母に電話してみることにした。もしこの選択が間違いならば、止められるはず―。
しかし、この件に関する第一声はこうであった。
「だから、最初から高い楽器を買っておけばよかったのに(笑)」
私は、321S を購入する際も母には連絡していた。その時は、高い楽器を買って失敗したら目も当てられない…と私は言っておいたのだが。
さらに母は、こう続けた。
「私の目から見て、あなたは、無駄遣いをする人ではない。」
―母さん、ありがとう。私は、腹を決めた。

すぐに、指揮者に電話。どうやら、そのプロ奏者と直接やり取りをするらしい。
30分後、指揮者から連絡があったのだが、その内容は衝撃的なものであった。

その楽器、売れちゃった(笑)」

どうやら、一日のタイムロスは大きかった。チャンスの女神は、待ってはくれないのだ。やはり、特別な楽器はそれにふさわしい人の下へ行くのだろうか。
私にとっては、まだ「その時」では無かったようだ。まだまだ、YEP-321S で修行する必要があるということか。

だが翌日、事態はさらに急転する。またもや指揮者から電話が。

「そのプロの人、もう1本選定するって。」

―!?

かくして、新たなる放浪の旅が幕を開ける―。

合奏?(2011年8月 第4週) 遭遇

今週の火曜日は、少し遅れて練習に参加することとなった。
当然、合奏が始まっているものと思ったが…まだ始まっていないようだ。
何より、指揮者が楽器を吹いていらっしゃる。

前にも書いたことがあったと思うが、ウチの指揮者はユーフォニアム吹きである。
ブージーアンドホークスの楽器を所有しているのだが…何やら、色合いが違う?
…いかんな、もっと「楽器吹き」らしいコメントをしなくては(笑)
音色がいつもと違うように感じたので、確認しようとする。
「Tassanic、これ642S。」
―何っ、YEP-642Sだと?まさか、買ったのか?
そうだとすると、ウチの楽団で新しくユーフォニアムを購入したのはこれで4人目ということになる。
ウィルソンに端を発する楽器戦争も、ここまで来たか…いかん、暴走しすぎた(笑)
「この楽器はしばらく使われないから、借りててもいいよって言われてるんだ。」
―なんだ、そういうことか。
冷静になって楽器を見てみる。やけにきれいな楽器である。
指揮者が「吹きやすい」と言っていた点も気になった。―まさか、「Neo」じゃないだろうな?

Neo シリーズは、ヤマハが最近発表した楽器の一群であり、ユーフォニアムの外には、テューバとアルトホルンがある。
近年のブラス(金管)バンドに求められる音色と、適度な抵抗感による扱いやすさを求めた代物であるようだ。
もしそれならば、俄然興味が沸いてくるのだが…。
刻印は「YAMAHA」のみであり、旧来の製品であることが確認された。
しかし、YEP-642Sに出会うのは大学以来である。懐かしい…。

快く貸してもらったので、吹いてみる。確かに、吹きやすい楽器である。
肝心の音色だが、YEP-321S の延長線上にあって一回り上質な音がするといったところか。
842S に対しても同じ感想を述べたことがあるが、642S の方がより 321S に近い印象を感じた。
実際、音色が素直で、こちらの方が好みだという人も結構いるのである。
楽器の特性としては 842S と比較しても遜色は無いのだが…一つだけ弱点がある。
それは、ハンドレスト(右手の親指をかけて楽器を持つ部分)がピストンに対して遠いこと。
どうやら、海外の奏者が開発に携わったため、体格の差があまり考慮されていなかったのではないかという説がある。私も、指はあまり長くないので扱うときは苦労しそうである。

ここまで楽器について長々と語ってきたが、私が一番感じたことは別なところにあった。
それは、自分が楽器の型式による違いを瞬時に理解できるようになっていたことだ。
実は大学時代にも、先輩2名が所有する YEP-642S と 842S を試奏したことがあるのだが、そのときはどちらに対してもあまり魅力を感じなかったのだ。
吹奏楽活動を再開するに当たり、YEP-321S を選択したのはそういう理由もあったのだが…。
しかし、自分で 842S を所有したり、ベッソンやウィルソンに囲まれて活動していくうちに、楽器の細かな違いを感じ取るための力が育ったということであろうか。
そのことを確認できただけでも、なかなか有意義な一日であった。

ちなみにこの日の合奏は、団長、私、そしてパートリーダーが途中から参加と、見事に三つのメーカーの楽器が揃っていたというのは余談である(笑)

YEP-321S放浪記 特別編(後編)

バリ・テューバの演奏会会場に乗り込んだ我々。
さて、どうなったか。

前編で書いたとおり、この時演奏される曲は難曲揃いであった。私も、百パーセント演奏できるかは微妙と言うところであったが…。待ち時間の際、メンバーにこの点を聞いてみた。
団長は、「高い音が多くて疲れるね。」と。
パートリーダーはこう言った。
困ったときは、エアユーフォだ!
―エアギターならぬ「エアユーフォ」って…確かにメンバーは十分にいるので、吹き真似でやり過ごすことも出来るが…。しかし、ウィルソン使いにはあるまじき発言だな(笑)
団長と私、思わず、口を揃えてこう言った。
「その楽器、今すぐ俺によこせ(笑)」

リハーサル開始。一通り曲を通して、最終確認。
最も印象に残ったのは、『星条旗よ永遠なれ』であった。なぜかと言うと、吹奏楽版ではピッコロソロとなっているフレーズが、ユーフォニアムに割り当てられているからだ。
―なんという無茶な編曲(笑)これがバリ・テューバの魅力であり、また恐ろしいところでもある。思わず私もエアユーフォ…と言いたいところだが、こと演奏に関しては…私に「逃げ」の2文字は無い。果敢に挑むことにする。ただし、今回はバリトン(ユーフォニアムに似た金管楽器)もいるので、無理なところは休むようにと言う通達は出ていたが。

いよいよ本番直前。舞台裏で待機する。
パートリーダーが話しかけてきた。
「Tassanic は、緊張しないの?」
「うーむ、今日はあんまりしていないな。」
―言われてみれば、私はあまり緊張するタイプでは無いな。それにこの時は、不思議と高揚していた。やはり、凱旋…桜舞う城下町で、再び演奏する日が来ようとは…という感覚が強かったのだろうか。
入場。―懐かしい景色だ。観客席を見渡す。両親…どころか、祖母まで聴きに来ている。思わぬ援軍を得たところで、俄然やる気が出てきた―行くぜ。

私自身にとっては―懸念されていたハイトーンの部分で力尽きてしまった部分はあるものの―全体に、満足のいく演奏となった。団長には「異質な音なのに合っているという、不思議な気分を味わった」と言われたが。
確かに、YEP-321S は細管の楽器で、他の太管楽器の中に放り込むと音が浮きやすいという弱点はあるのだが。しかし私は、この時点で321シリーズを吹き続けて8年目。曲がりなりにも、YEP-642S やら YEP-842S やらを相手に渡り合ってきたのだ。
今回のように、城下町のバリ・テューバのメンバーとウチの団長を相手に合わせるとなると、相当に骨が折れる仕事ではあったが…。
他のパートに目をやれば、テューバパートが全員入れなかった部分があったりとか、ずいぶん危ない橋を渡っていたようだ。何はともあれ、演奏会は無事に終了となった。

終了後は打ち上げ―この店は…大学時代、定期演奏会の打ち上げを毎年やっていた店じゃないか。
店員さんも、どうやら、私に見覚えがあったようだ。…そりゃ、注文する毎に「コーラ!」って言ってりゃ印象にも残るか(笑)
自己紹介…何が起こったのか、私の番になると回りが大盛り上がり。自分が城下町の出身であるということに、共感していただけたのだろうか。まあ、知り合いも何人かいたのだが、初めて出会った人にもそれなりに気に入ってもらえた様である。

翌年もこのイベントは行われるということで、再会を誓って帰途についた私。このときのメンバーとは、後に、思ったよりも早く再会することになる。それはまた、後に「放浪記」で語ろう―。

以上

YEP-321S放浪記 特別編(前編)

先日、私の手元にあるCDが届いた。
―これは…。そうか、あれから2年近くも過ぎているのか…。
「あの対決」の、少し前。これは、私が故郷に凱旋(?)する話―。

あれは、夏のコンクールが終わった頃であったか。
団長から、あるイベントのお誘いがあった。どうやら、私が住む県内のユーフォニアム・テューバ奏者が一同に会して行われる演奏会があるらしい。それに参加しないかということだったのだが―。
「このイベントは毎年行われていて、今年で4回目なんだ。場所は、桜舞う城下町の文化センターだよ。」
―何だと!?私の生まれ故郷でそんな面白い事が行われているのか。そういえば、以前新聞の記事で見かけたことがあった気がしていたが…。これこそ、灯台下暗しというやつだ。やはり、3年以上も吹奏楽界から離れてたのは痛いな…。
自衛隊員が、話に入ってきた。
「この演奏会は本当に面白いよ。俺は、これに出るのを最優先にして休暇を取るようにしているよ。たとえ、コンクールを犠牲にしてでも。」
今サラッと、問題発言をしなかったか?何が彼を、そこまで駆り立てるのであろうか…。
よし、確かめてみるか。滅多に無い機会だしな。
「参加します。」
ウチの楽団からは、ユーフォニアムは団長、パートリーダー、自衛隊員、私の4名、テューバは眼鏡屋のみの参加となった。

私の故郷である「桜舞う城下町」にも、社会人のための吹奏楽団は存在する。その楽団のユーフォニアム・テューバパートの有志によってバリ・テューバ4重奏が結成され、ついには自分たちで演奏会を開くまでになったのが、このイベントの始まりらしい。どうせやるなら、大きい編成でやろうと思ったのか、外部のメンバーを集め、年1回ペースで演奏会を開催して今に至ったようである。
ちなみにこの4重奏、後に音大生に混じって大会の本選に出場するという偉業を成し遂げる。
…こんな凄い奴らが、私の故郷にいるのか…。

数日後、楽譜が届いた。
通常、バリ・テューバの編成は各楽器が2パートずつの4パートだが、今回の場合は最大で各4パートの8パート編成の曲もあった。
元々大編成の吹奏楽曲をバリ・テューバ用に編曲しているものが多く、つまり…かなり無茶な真似をする羽目になることも多いのだ。特に1stであれば音域がものすごく高かったり、木管楽器で吹くようなパッセージを割り当てられていたりと、なかなか手強い曲が多い。
ユーフォニアムは4人いるので、早速、パートの振り分けが行われる。
基本的には、団長と私が1stと2ndを分け合い、パートリーダーと自衛隊員が3ndと4thを担当する形となった。

数回の練習を経て、いよいよ本番当日。
桜舞う城下町に、乗り込む時が来た―。

続く

合奏!(2011年8月 第2週) 練習と実戦の狭間で

コンクールも終わり、ウチの楽団は次の舞台に向けて始動していく。楽団で活動していると、色々な舞台に参加することになるので、私は、入団してから休日に暇を持て余すと言うことが全くなくなった気がする。

本日、新しい楽譜が配布された。曲数は4曲で、なかなかバラエティーに富んだラインナップである。その中の一曲に、思わず目が留まった―。
『リバーダンス』だと!?―メンバーの中に、私以外にもギャンブラーがいるようだ―と思わず言ってしまいたくなるような難曲。何が難しいかと言うと、拍子の変化が多く、音楽の流れを掴みづらいという点である。曲そのものは、神秘的な雰囲気のある部分と激しく動きのある部分とのコントラストがよく生かされている名曲なのだが。
ちなみに私は、高校時代にもっと凄まじい『リバーダンス』を経験したことがある。それは、当時の学生指揮者が自分で編曲したもの。テンポを上げてクライマックスを迎える木管のメロディーが…何を血迷ったのかユーフォニアムに割り当てられた代物だ。―何とかしてやったがな。(余談だが、ウチの高校の定期演奏会でこれを演奏してしまい…著作権の関係で余計にお金を払う羽目になったとか言ってたな…。)
この一件に加えて、翌年、C.T.スミス作曲の『華麗なる舞曲』を演奏して…私の演奏スタイルに、「無理・無茶・無謀」を押し通すような一面が加えられてしまったのは事実だ(笑)

さて、ほとんど初見のような合奏ではあったが、無事に4曲通すことが出来た。時計を見ると、まだ時間が余っているが…どうするのだろう?そう思った矢先の事であった。指揮者が、
Tassanic、お待たせしました(笑)」―えっ?まさか…。もうやるのか!?
この日、実はもう一曲楽譜が配布されていた。それが『ミッドナイト・ユーフォニアム』―つまり、私が次の舞台でソロを担当する曲である。
事態に備え、ピアノ伴奏版の楽譜を入手し軽く練習してあるとはいえ、まだ心の準備が…と言ってる場合でも無いようだ。
指揮者に促され、ソリストの位置に立つ。…な、慣れねぇ(笑)
いつもの曲ならば、指揮者の振り出しによって曲が始まるのだが、協奏曲は、ソリストのタイミングで入るのだというアドバイスを受ける。慣れた奏者にとっては当然のことであろうが、こちらは協奏曲と言う形式に関して言えば全くの初心者なのだという事実を、今更ながら実感させられる。
―さあ、始めるか。自分のイメージを、出来る限り楽器で表現するのだ―。
結果から言えば、本当に何とか通すのみとなってしまった。慣れないせいか、途中で出力不足…高音が出ないとか。他にも、まだまだ不完全な場所は結構ある。
しかし、得られたものもあった。何より、伴奏を感じ取り、実際に合わせて吹くと言う感覚をわずかでも掴めたのは大きい。

普段から、実際に演奏する曲以外にも、ソロの曲とか思いついたフレーズとかを吹きまくっている私。
そんな私にとって、今まで得られなかった機会が、ようやく得られた―はずなのだが。
実際に機会に直面した私は、不覚にも…ビビッてしまった。私も、まだまだ小さい。
だが、ふと思った。これがもし、本番直前だったのなら…?その結末は、火を見るより明らか。今の段階でこの心境に至れたのは、これから練習していく上ではむしろプラスなのではないか―。
終了直後は、ビビッたと言う事実に悩みもしたが、これからは前向きに練習していけそうである。
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