演奏技術指導のため、ある中学校に訪れた私。
メンバーと打ち合わせの結果、トロンボーン、ユーフォニアム、テューバの3パートをまとめて受け持つこととなった。

今回の主な目的は、『吹奏楽のための民話』を無事に演奏できるようにすること。
時間はおよそ2時間。音出し、チューニングを簡単に済ませ、早速曲に取り組んでいく。
この曲は、金管楽器郡のサウンドで始まる。今回受け持った3パートが同じ動きをするので、指導する側としてはやりやすい。
だが、一見初心者向けのベーシックなこの曲には冒頭から罠が潜んでいる。案の定、生徒たちは引っかかっていた。
金管郡は最初のフレーズを2回繰り返すのだが、このフレーズが微妙に違うのだ。
ある程度経験を積んだ奏者にとっては難しくはないが、初心者を含む中学生では難しい部分であろう。
そのフレーズの違いがこの曲の面白さであり、しっかり理解して吹き分ける必要があることを伝える。

最初の部分を通過したところで、早くも、ユーフォニアム吹きにとって最大の見せ場が訪れる。
クラリネット、テナーサックスと一緒に奏でる、あのメロディーだ。
表現と言う意味では、おそらく、プロの人でも腕前が問われる部分ではないだろうか。
まずは、スラーの位置に気を付ける、付点8分音符と16分音符の組み合わせの処理などのポイントを解説していく。
しかし、しゃべるだけでは完全には伝わらない。
やはり、手本が必要だ―だが、手元にあるのはトロンボーン。
何とかしてやった…が、やはり、限界がある。特に、スライドでは肝心のスラーの表現ができないのだ。
このままでは、指導に来た意味が無い。少し早いが、休憩を入れることにする。
そして、私は自分の車に向かって走った―。

練習場所に戻った私は、早速「それ」を取り出した。
その楽器は、見る人でさえ魅了してしまうのだろうか―。生徒たちから、思わずといった感じの声が漏れる。
そう、YEP-842S である。万が一のためにと、出発直前に車に積み込んでいたのだ。
しかし、最近はトロンボーンばかり吹いている。久しぶりのユーフォニアムだが、いけるのか!?
―自分でもびっくりする程にいいチューニングB♭が出た。よし、これなら、手本になる。
何とかしてやったぜ。ただし、楽譜をよく見たらスラーの位置が自分の記憶と違ったり…やはりこの曲、油断できない(笑)
油断と言えば、この難所を無事に突破したあとでテンポが乱れる人が何人か見受けられた。一つのフレーズが終わってもテンポは確実にキープするように伝える。

そして、音楽はテンポを落とし、曲調が緩やかなものとなる。
ここで重要なのは、木管郡とのメロディーの受け渡し。各パートの役割を考えて吹くこととあわせて伝えると、音楽の流れが劇的に良くなった。
ふと、トロンボーンを眺めて見ると、スライドが止まっている。楽譜を見てみると、案の定ポジションを間違えてメモしていたので、修正させる。
それと合わせて、できる限り一緒に演奏するようにした…おかげで、トロンボーンとユーフォニアムを忙しく持ち換える羽目になったが(笑)

音楽が一時盛り上がり、また静かになる部分。
この辺りで、トロンボーンのスライド操作がきつくなる。できる限り素早く動かすこと、最悪の場合は音が出なくてもスライド操作をあきらめないことを伝える。
流れるようなメロディーから、リズミカルなパートへ。
このリズムは、音楽を進めていく上で重要なので、テンポを保って演奏するように伝える。
そろそろ休憩が必要な時間かと思われたが、生徒たちは「大丈夫です、いけます」との事。そのまま再現部に突入していく。
ここまで指摘したことに気を付けながら、最後まで駆け抜けてゆく…。何とか、時間内に曲を網羅することができた。

各パートでの練習終了後のこと。楽団のメンバーから声をかけられた。
「Tassanic のところでは、どんな指導をしたの?明らかに音が良くなっているんだけれど。」
私がやったことは、簡単にポイントを指摘したり、要所要所で一緒に吹いたりしたくらいだと思っていたが…意外に効果があったようだ。
後は、3パート全体に目を配るようにしたことも功を奏したのだろう。特にテューバは比較的吹けていたので、他の2パートに比べて指導が薄くなってしまう可能性もあったからな。
そして、できる限り曲中における各パートの役割を伝えたことで、各人がどう吹くべきかイメージしやすくなったのかもしれない。
いずれにせよ、今回の訪問指導を無事に終えることができた。


―それにしても、今回の生徒たちはかなり貴重な体験をしたのではないだろうか。
ユーフォニアムとトロンボーンを両方持ってくる指導者なんて滅多にいないだろうから(笑)