Making TASSANIC WORKS

ある「楽器吹き」の物語

ソロ死闘編

YEP-842S放浪記 ソロ死闘編

思わぬメンバー追加に動揺した私だが、よくよく考えてみると、これ程面白い舞台もなかなか無い。
ならば、全力で挑んでやるぜ―。
そう思った矢先、それは起こった。

社会人(いわゆる「一般の部」)バンドに所属している人は、たいていの場合、何らかの職業に就いている。
私も例外ではなく、仕事の合間を縫って、少ない練習時間で何とかやっていくことになるのだ。
ある日、職場の上司がこんな事を言い出した。
「これから、君には出張に出てもらうことが多くなる。」
―何ですと!?
出張自体は、まあ、仕方が無いのだが。問題は、時期が演奏会と重なっていること。
―これは、非常にまずい。最悪、代打が必要か―?
職場での打ち合わせの結果、何とか演奏会当日の休みは確保したものの、練習時間を大幅に削られることとなってしまった。

そんな中、最初の合奏の機会は訪れる。
その日は私の曲をやらない予定だったのだが、時間が余ってしまったようだ。
指揮者から声がかかる。
「Tassanic、出番だよ。」
―うおっ、いきなりか(笑)だが、練習する機会は限られている。―やってやるぜ。
指揮者の要望により、本番私が立つ位置、指揮者の横で演奏することになった。
協奏曲は、もちろん指揮者がいるのだが、曲の性質上ソロ奏者の裁量による部分が極めて大きい。
つまり、ソロ奏者がどういう風に演奏したいのか、指揮者が汲み取って伴奏をまとめていく必要がある。
指揮者とソロ奏者の意思疎通という面において、練習の段階から本番の位置を想定していく必要があるのだ。
前に出て行き、楽団のメンバーを見回す。こんな感覚は初めてだ。
なるほど、これがソリストの視点か(実際には、客席の方を向いて演奏するのではあるが)。
いつまでもボーっと立っているわけには行かない―行くぜ。
この曲は、私の音によって幕を開ける。―おおっ、私の旋律に合わせて楽団全体が動く。
これは面白い―などという余裕があればいいのだが―実際には、私の演奏はまだまだ未完成なものであった。
流石に、このままではまずい。更なる精進が必要だ―。

続く

YEP-842S放浪記 ソロ死闘編

協奏曲の演奏者とそれぞれの曲が決定し、ようやくこのステージの全貌が見えてきた。
その内容は、クラリネットパートで1曲。トロンボーンパートで1曲。そして、私のソロが1曲。
―何だか、物足りなくないか?
そう思ったのは、私だけではなかったようだ―。

またしても飲み会。
司会者が、こんな事を言い出した。
「ソロの曲が足りないなあ。」
どうやら、楽団のメンバーに声を掛けて回っている様子。そして、ある人の前でこう言った。
「1曲お願いできますか?」「いいですよ。」―って、早いな(笑)
その相手は、副団長(女)。彼女はフルート吹きなのだが、演奏者としては間違いなく団内一。
高度な音楽教育を受けていたという噂もある。
―流石は副団長(女)だな…って、ちょっと待て。一緒のステージで、私も演奏するのか?
「プロ並み」vs「素人」…無謀すぎるぞ(笑)
すぐそばにいた私は、正直、動揺してしまった。

さらに、ステージを締める曲が、『リバーダンス』であることが判明。
この曲は協奏曲ではないが、ソプラノサックス、ホルンにソロがある。
そして、全体において打楽器が活躍するという、このステージにふさわしい内容となっているのだが―本気ですか?私がそう思ったのは、以下の理由による。
この曲は、アイルランドの旋律がモチーフとなっている。特徴は、独特の変拍子を持った舞曲によって構成されていること―つまり、演奏する側にとっては非常に困難な曲である。
私は高校時代に演奏したことがあるのだが、当時は慣れるまでに結構な時間を要した。
―今回のステージも、なかなかハードな舞台になりそうだぜ(笑)

ちなみに、演奏会全体の構成は3部構成である。
1部は、打楽器アンサンブルのステージ。
2部は、全日本吹奏楽連盟によって発行された小編成曲のステージ。
3部が、ここまで語ってきた、ソロまたはパートのための協奏曲のステージ。
私の出番は、2部の小編成曲の内1曲、3部のソロ、そしてリバーダンスとなった。

曲が決まったところで、普通であれば練習を重ねていくところ。
しかし、障害は思わぬところにあったのである。
趣味人にとって最大の敵、それは「現実」―。

YEP-842S放浪記 ソロ死闘編

演奏会で、本当にソロを担当することになった私。
さて、どうするか―。

まず、どの曲を吹くのかという問題があった。
私の手元には、フィリップ・スパークの曲が3曲。
『パントマイム』。
前回書いた通り、半ば勢いに任せて買った曲である。
かつての練習の賜物か、それなりには吹けるのだが…本番の舞台で演奏するにはリスクが高すぎる。
『ハーレクイン』。
この曲、難易度も高いが、値段も高い(笑)
ピアノ伴奏版なのだが、5,000円する。
購入には、清水の舞台から…は言い過ぎだが、それなりの覚悟が必要であった。
『Song for Ina(アイナの歌)』
技術的な難易度で言えば、比較的簡単。
その分、基礎的な演奏技術や表現力、さらに言えば音楽性や芸術性が問われる曲である。
この曲は、今回は見送ろうと考えた。その理由は以下の通りである。
個人的には、この曲は、誰か大切な人のために贈る曲であると考える。恋人、あるいは家族といった感じか。
また、自分で数曲演奏できるならばこの曲も良いが、一曲のみだと少々パワー不足かなとも感じられた。

そして、この3曲に共通して言えることだが…聴いてくれるお客さんが理解できるか、と言うのが最大の問題であった。
例えば16分音符が並んでいるフレーズは、聴く側にとっては何がなんだか分からない場合があるのではないか?
実際に、私は大学時代、演奏会に来てくれた友人からこんな事を言われている。
「何だか分からないけれど、すごかったね。」
確かにその友人は吹奏楽関係者ではなかった。また、当時の吹奏楽団の技術的な限界もあっただろう。
しかし、そう思われたままなのは残念ではないか―?
自分に選択の余地があるのなら、やはり、聴いてくれる人にとってわかりやすくて、楽しめるものを準備したい―。

ここで私は、ある曲の事を思い出す。
以前一回だけ聞いて、なかなかいい感じだなと思った曲があることを―。

ゴブ・リチャーズ作曲の『ミッドナイト・ユーフォニアム』。
入手したCDを聞いてみる。―やはり、私の記憶に間違いは無かった。それに、これなら伴奏の負担も軽いはずだ―。
まずは自分でピアノ伴奏版を購入。
―これならば、十分に吹きこなす事ができる。
楽団による購入が承認されたところで、吹奏楽版の楽譜セットを手配する事となった。

曲が決まった事で、私の腹も決まった。
だが、ある女性の登場により、死闘はさらに激化していく―。

YEP-842S放浪記 ソロ死闘編

私の手元に、赤いクリアファイルがある。
ファイルの中身は、ユーフォニアムのソロ楽譜。
赤は、情熱や興奮を表す色。もし私がソロ演奏を披露する機会があるならば、その時はエキサイティングな演奏をしたい―そう思いながら、楽譜用カバンの中にこっそりと(いや、堂々と!?)忍ばせてある。

私が初めてソロの楽譜を購入したのは、大学の吹奏楽団に所属していた時のこと。
当時、ある先輩が楽譜を見せてくれた。その曲が、フィリップ・スパーク作曲の『パントマイム』。
―おお、見事な16分連付。テンポがゆっくりな部分でも、リップスラーが難しそうだ―。
さらに、先輩はこう言った。
「俺は、この曲が世界一難しい曲だと思うんだ。」

だったら、私が吹いてみせる。世界一難しい曲が吹けるなら、この先どんな曲でも吹くことができるようになるだろう―。
当時の私、アホすぎる(笑)…若いって、こういう事なのか?
一週間後、私は自分でその楽譜を入手した。
そして、大学にいる間、日々のウォームアップとして吹き続ける事となる。

ちなみに現在では、少し抑えるようになった。最近は主に『パーティー・ピース』を吹くことにしている…って、何も変わっていない(笑)
この曲も、フィリップ・スパークの作品。パントマイムよりは楽だと思うが…本当に楽なのかは微妙だ。
これぞ「三つ子の魂百まで」というやつか。

さて、舞台を現在の楽団に戻す。
数か月前、ある飲み会での事。一部のメンバーが集まり、何やら話をしている。
どうやら、内容は「イレギュラーコンサート」の企画のことらしい。
イレギュラーコンサートとは、元々はアンサンブルコンテストの団内予選を兼ねた、小規模な演奏会であった。
(「放浪記」の内容で言えば、「ハーレクイン事件」とその後の「対決」)
しかし昨年、規模を拡大。前回の目玉は、「英国式ブラスバンド」の編成によるステージであった。

今年のイレギュラーコンサートの目玉は「ソロまたはパートのための協奏曲ステージ」となるようだ。
私も話に加わってみる。
そのメンバーの中に、副団長(男)と司会者がいた。
副団長はトロンボーン吹き、司会者はクラリネット吹きである。
この2人それぞれのパートが活躍する、トロンボーン協奏曲とクラリネット協奏曲を演奏するとのこと。
―おお、それはすごい。私はのんびりと話を聞いていたのだが…司会者がこう言ってのけた。

Tassanic は、ソロでトリを務めるってことで(笑)」

―おっと!?まあ、飲みの席の話だからな。
その時は、はっきり言ってトリの件は冗談だと思っていたのだ。

数日後の合奏の際、司会者が、私に話しかけてきた。
「Tassanic、何かやってくんない?」
―なんと!?あの話、本気だったのか。

新たなる波乱の舞台が、幕を開ける―。

続く
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